オペラ『トゥーランドット』氷の王女の心を溶かすのは……

3月7日、8日にびわこホールで上演されたオペラ『トゥーランドット』を観てきました!

久しぶりのオペラ、そしてびわ湖ホール改修前最後の鑑賞です。

学生時代から、何度もお世話になりました!

今回の上演はWキャストで、主要キャストは7日と8日で入れ替わります。

僕は7日でした。

8日には日本の大テノール福井敬が出演しています。僕はそちらを観てはいませんが、今回鑑賞した7日の公演は大当たり回に巡り合えたなと思っています!

世界中の誰もが知っている名アリア

『トゥーランドット』の最大の見所といえば、劇中で歌われるアリア「誰も寝てはならぬ」。

このアリアはただ名曲なだけでなく、世界中の誰もが知る超有名なアリアです。

なぜか。

フィギュアスケートの定番曲だからです!

特に2006年のトリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手がフリープログラムで使用した曲として有名で、フィギュアといえば「誰も寝てはならぬ」というくらい、有名になりました。

オペラ通もそうでなくとも、一度は耳にした名曲。

そんな名アリアを、やはり音源ではなく生音で、ストーリーの前後と合わせて聴いてみたいとずっと思っていました。

なので今回、びわ湖ホールで『トゥーランドット』が上演されることを知った時、チケットはかなりのお値段ですが、即決で鑑賞を決めました!!!

感想はたっぷり書きますが、その前にまずはざっくりとしたあらすじをご紹介します。

あらすじ

舞台は伝説時代の中国・北京。

ダッタン国の王子・カラフは敗戦により国を追われ、放浪生活を送っていた。

そんな中、カラフは生き別れた父でありダッタン国王のティムールと奇跡的に再会する。

ティムールの側にはリューという召使いの女性がついていて、ティムールを献身的に支えてきた。

なぜそれほど優しくしてくれるのかとカラフに訊かれたリューは、かつてカラフが自分と目が合った時に微笑みかけてくれたからだと話す。

リューはカラフに惚れていた。

しかしカラフは目の前に現れた王女・トゥーランドットの美貌の虜となり、王女を手に入れることを心に決める。

ところがトゥーランドットは、その美貌を手に入れようと求婚にやってきた異国の王子に3つの謎を提示し、解けなければ即刻斬首してしまう冷酷な王女だった。

今日も謎を解けなかったペルシアの王子がカラフたちの目の前で処刑され、ティムールとリューはカラフに思いとどまるよう説得する。

二人だけでなく、血を恐れる人々も、トゥーランドットに挑もうとするカラフを引き留めようとする。

しかしカラフは周囲の制止を振り切り、トゥーランドットに求婚を迫る。

カラフはトゥーランドットが提示した3つの謎を解いてしまい、トゥーランドットは「私は誰のものにもならない」と結婚を拒否。

批判を浴びるトゥーランドットに、カラフは「では私が提示する謎を見事解くことができたら、この命を差し出しましょう」と言い、「夜明けまでに私の名前を言い当てること」を要求する。

カラフの名前を知る者はおらず、トゥーランドットに勝ち目はないが、どんな手を使ってでもカラフの名前を聞き出すよう、「誰も寝てはならぬ」と勅令が下される。

そこにティムールとリューが引っ立てられ、カラフの名前を言えと脅される。

リューが「その人の名前を知るのは自分だけだ」と言い、拷問にかけられる。

それでもリューは決して秘密を明かさない。

「なぜあなたはそんなに強いの?」

とトゥーランドットに問われたリューは

「愛よ」

と答え、トゥーランドットは愛の力を目の当たりにする。

そしてリューは兵士の刀を抜いて自殺する。

心揺れるトゥーランドットにカラフは遂に口づけし、トゥーランドットを手に入れる。

そこでカラフは自らの名前を明かし、謎の答えを得たトゥーランドットは王宮に人を集め、答え合わせをする。

緊張の中、トゥーランドットは

「この男の名前。それは……愛よ!」と高らかに宣言し、二人は結ばれる。

と、まあリューは悲劇的な結末を迎えますが、ハッピーエンドの物語です。

それでは諸々、個人的な感想を書いていこうと思います。

リューは魅力的だが……

多くのオペラは「愛」の物語です。殆どの作品が恋の三角関係を軸にストーリーが進んでいきます。

『トゥーランドット』も、その御多分に漏れず、です。

王女トゥーランドット、王女の虜になったカラフ、カラフに恋するリュー。

このキャラクター構図はビゼー作曲のオペラ『カルメン』と非常に似ています。

魔性の女・カルメン、彼女の虜になったホセ、ホセに淡い想いを寄せるミカエラ。

僕は、全オペラの登場人物の中で『カルメン』に登場するミカエラが一番好きです。

『トゥーランドット』のリューはまさにその立ち位置で、役割も非常に似ています。美しいアリアや重唱もあり、魅力的なキャラクターです。

実際、カーテンコールで誰が一番大きな拍手だったかというと、リュー役の歌手でした。『カルメン』を観た時も、カルメンよりホセよりエスパニョーラより、ミカエラ役の歌手が一番大きな拍手をもらっていました。

誰もが、幸せになってほしい、報われてほしい、救われてほしいと思うくらい、純潔で素直で健気で芯のあるキャラクターの立ち位置です。

作り手としては、トゥーランドットの冷酷さを、カルメンの魔性を引き立てる‟装置”として、とことん純粋なキャラクターにするのもわかります。なので、最終的に報われない彼女らに客は心をぐっと掴まれるのです。

が、!……

僕はリューというキャラクターにどうしても「うーん」と思ってしまうのです。

これは歌手の問題ではなく、オペラを作ったプッチーニの問題です。

僕が愛してやまないミカエラの設定を書くと、

ホセと同郷で生まれ育った幼馴染

です。

ホセに淡い気持ちを抱くのもわかります。彼を信じ続け、健気に振り向いてくれるのを待ち続けているのもわかります。

ですがリューは、

かつて目が合った時にカラフが微笑んでくれた

だけ、です。

それでリューが恋に落ちることは、まあ、なくはないでしょう。

ただ、カラフにしてみればリューは微笑みかけたことすら覚えていないような、言わば初対面の女性です。

トゥーランドットの謎に挑むことを周囲に引き留められるカラフに、リューは「心が砕けそう」なんて言って一生懸命引き止めるわけですが、

カラフにしてみれば、特別な存在でもない女性にそんなことを言われても胸に響くわけがないのです。

まあ、これでカラフが挑戦を断念するわけではないのでここはいいんですが、リューが自らを刺して命を絶った時、

カラフはリューを胸に抱き「私のリュー!」と叫ぶのですが、これは完全に意味不明です。

ストーリーが進むにつれてカラフがリューに特別な想いを抱き始めていたり、長時間行動を共にしていたのなら納得のできるセリフですが、そんな展開はありません。

カラフは終始トゥーランドットの美貌を求め続け、リューに気持ちが振れる瞬間など一秒もないのです。

ちょっとこれはプッチーニに文句を言いたいところです。

そしてリューという人物は、原作には登場しないそうです。※モデルとなったキャラはいるけど大幅改変。

公演パンフレットによると、リューはプッチーニ好みの女性だそうです。うん、そう言われれば腑に落ちる。

リューは『トゥーランドット』に欠かせないキャラクターだし、本当に魅力的なので、僕も大好きになりましたが、ちょっとどうしても設定とセリフの辻褄が・・・。

一幕から最期まで、ずっとそれが気になっちゃいました・・・。

演出と舞台美術

僕は緞帳の下りた舞台が好きです。物凄く好きです。

緞帳が開いていく緊張感とわくわく感、舞台上に組まれたセットが見えると感動します。美術や建築には疎いのですが、舞台美術を見るのも大好きです。

ただ、近年は映像化が進み、舞台でも網戸のような幕に映像を投影する演出が増えています。

それはちょっと……と僕は思ってしまいます。25歳です。感覚が古いと言わないでください。

だって映像は、映像で別にあるじゃないですか。

映画でもドラマでもアニメでも、そっちで楽しめばいいじゃないですか。

僕はシンプルイズベスト、原型こそ究極だと思っています。

たとえば料理でも、ラーメンだったら麺とスープだけで余計なトッピングはいりません。カレーライスでもルーさえあれば具材はまったくいりません。

スマホゲーム。

配信された当初はイベントがそれほど多くなく、特殊能力やキャラクターカスタマイズ、進化の枝分かれがシンプルで楽しかったのに、久しぶりにやってみたらもはや別のゲームかと思うくらいの変化が起きていることも珍しくありません。

もちろん改良なのでしょうが、スマホゲームは手軽に隙間時間にさくっとできるからよかったのに、いつしかランキングを争うものが増えたり本格的なものが増えたり……。

すみません。脱線しました。

舞台演出にも同じことが言えます。今ある技術を駆使するのは悪いことだとは思いませんし、まあ、最先端だとか革命的だとか賞賛する向きもあるのかもしれません。

ですが演出が命であるオペラで映像を使うのは逃げだと思います。

ステージの上で生身の人間が形ある大道具、小道具を使って観客を魅了するものだからこそ、映像などという手で掴めない、ましてや自由自在に形を変えられるもので演出をしてほしくないという思いがあるわけです。

だって初演の時は、映像技術なんてオペラに使われていなかったわけで、そんなものがなくても観客を満足させられる上質な芸術作品なわけですから。

なので僕に言わせれば、現代で誕生したオペラ作品に映像が演出として使われることはまったく問題はないのです。

文句ばっかり言っていますが、演出自体は悪くなかったんですけどね!

それこそ二幕の最後の舞台上の配置は美しく、壮観でした。

謎を解き明かしたカラフが、自分の名前を言い当てたら命を差し出すと言うと、トゥーランドットは「誰も寝てはならぬ」と勅令を下し、眠ったものは死刑だと宣言します。

そんな王女ですから、カラフの名前を突き止められなければ、どんな仕打ちに遭うかわかりません、皆が躍起になって名前を言えとカラフに迫るわけですが、カラフを取り囲む群衆や兵士が地上にいて、

一段上には大臣など、高貴な人々、そして最上段に皇帝と謎を解かれて完敗したことに唇を噛むトゥーランドットがいます。

完璧ですね。

いかにも舞台らしく、古代中国という壮大な空気感も見事に演出されていました。

また、とにかく衣装が豪華でした。『アイーダ』にしろ『トゥーランドット』にしろ、古代王朝を舞台にすると、服にキンキラキンの宝石が山ほどつけられているので、ピンスポが当たると反射して眩しすぎるくらい。

兵隊の甲冑なんかもすごく舞台映えして、ずっと「カッコええ」と見入っていましたね。舞台美術も、オペラの魅力の1つです!

だから余計に演出で映像を使ってほしくは……やめておきましょう笑

100年前に想いを馳せる

『トゥーランドット』の初演は1926年4月25日にミラノ・スカラ座で上演されたそうで、2026年の今年は実に100周年です。

そんな記念すべき年に『トゥーランドット』を劇場で観れたことは嬉しい限りです。

ただ作曲者のプッチーニは1924年に没しており、『トゥーランドット』の第三幕のリューの死までがプッチーニ作曲で、その後はトリノ音楽院の院長が引き継ぎ、プッチーニが残したスケッチをもとにオペラを完成させたそうです。

ネタバレ、と聞くとやや抵抗のある人もいるかもしれません。

僕だって、ミステリーの犯人はバラさないでほしいです。

ミステリーはさすがにネタバレ厳禁ですが、むしろネタバレしたほうがいいものも存在します。

僕は今、テレビ局で番宣業務を行っていますが、番宣して見てもらうにはとにかく全部見せです。

面白かったところや衝撃発言を匂わせるのではなく、しっかり書く。そしてそれを見るために視聴者は番組をつけるわけです。

同じことがオペラにも言えます。

オペラをはじめ、クラシカルな伝統芸能がなぜ何百年も廃れないのか。

オペラ好きにしろ歌舞伎にしろ、演目は熟知しています。ストーリーもセリフも音楽もすべて知っています。

それでも何度も何度も劇場に足を運び、観劇するわけです。ネタバレしまくりなわけです。

でも全編知っているからこそ、いろんな楽しみ方ができるのがオペラなどの芸術、伝統芸能です。

僕は『トゥーランドット』を観るのは初めてでしたが、「誰も寝てはならぬ」をはじめ、多くのアリアを耳にしたことがありましたし、ストーリーも知っていました。

幕間にはパンフレットを読み込み、次にどんなことが起こるのかを先に頭に入れて舞台を眺めていました。

ただ!

『トゥーランドット』に関して言えば、結末を知らずに観ていたかったなと思いました。

カラフが自分の名前を明かした瞬間、トゥーランドットは

「謎が解けた! 名前がわかった! 皆を集めなさい!」

と勢いよく言い放つのです。

結末を知らなければ、「え? どうなんの? カラフやばいんちゃうん!?」とドキドキしたでしょう。

なのでトゥーランドットが全員を集めて謎解きを開始する時、僕はこう思ったのです。

100年前の初演を観た人はどんなストーリーかも知らんかったやろうから、この後どうなるかドキドキしたやろうな。羨ましいなあ、と。

そのくらい、音楽然り、お芝居然り、緊張感が」あったのです。

こんな感想も、たぶん今年が初演から100周年であることを知らなかったら出てこなかったでしょう。

本当に、いいタイミングで『トゥーランドット』を観ることができたなあとしみじみ。100年前に想いを馳せてみる素敵な時間にもなりました。

やはり人はハッピーエンドを望むんだなあ

オペラといえば悲劇です。

ですが『トゥーランドット』はハッピーエンドの物語です。

もちろんリューのことがあるので、丸く収めてめでたしめでたしでいいのかと言えば、議論の余地があります。かなりあります。

むしろ悲劇書きとしては、僕はそこを語りたいくらいです笑

ただまあ、主人公の二人ということで見れば、結ばれて終わるのでハッピーエンドと言わざるを得ません。

僕は『トゥーランドット』を観終わった時に、あるオペラ作品のことが頭を過りました。

それはーー

ヴェルディ作曲の『ファルスタッフ』です。

なぜか。

『ファルスタッフ』もハッピーエンドのオペラだからです。

そしてもう一つ、重要な共通点があります。

それは『トゥーランドット』と『ファルスタッフ』が、共にプッチーニとヴェルディの最後の作品ということです。

オペラ作品は殆どが悲劇で、プッチーニもヴェルディも悲劇ばかり書いています。その中にあって、晩年、というかヴェルディにとっては最後のオペラ、プッチーニに至っては遺作となった作品がともにハッピーエンドだったことはかなり興味深いことではないかと思います。

散々悲劇を書いてきて、最後の最後でハッピーエンドを書くなんて。。。

やはり人間は、最後にはハッピーエンドを求めるのかもしれませんね。

まさか『トゥーランドット』を観てこんなことを考えるとは思いもしませんでした笑

ですが本物の芸術はいろんなことを考えさせ、そして新たな芸術作品へのインスピレーションを与えるものだと僕は思っています。

『トゥーランドット』はまさに、本物の芸術。素晴らしいオペラでした!


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