今回は「都七福神」の一角・布袋尊を信仰する「萬福寺」です。

布袋尊について、都七福神事務局が発行しているチラシにはこんなふうに書かれています。
布袋尊とは
中国・唐の時代に実在した僧契此がルーツとされ、
中国では弥勒菩薩の化身として信仰されています。
とのことです。
短い!笑
これまでの神様紹介と比べても短すぎます。ひょっとして、侮られてる?
七福神の面々を見ると、女神、日本の神様、南極星の精、元軍神、老子、仏教を守護する神、と。。。
確かに他の六人と比べたら、そもそも神様じゃなくて、「誰?」って感じのお坊さんがルーツとなると、引きは弱いのかも……なんて思ってしまいます。
御朱印巡りに話を戻して
さて、ここからはいつも通りの感じで書いていきますが、到着してまず思ったのが「中国味がすごいな」ということです。
最初の総門の写真を見ていただければ、何となく共感してもらえるのではないでしょうか。
と、いうのも、萬福寺は中国のお坊さんだった「隠元禅師」が創建したお寺で、伽藍や仏像の配置などは全て中国明代の様式なんだそうです。
どうりで香辛料の香りがするわけです。
そして「隠元」と聞き、何だか聞き覚えがあるなあと思った方もおられるかと思います。
そうです。あの「インゲン豆」の隠元さんです。
へえ~、ですよね。
インゲン豆の隠元さんの建てたお寺と聞くだけで、何だか凄そうだと思うのは、やはり僕が単細胞だからです笑
実は僕も、今回萬福寺に来るまで隠元さんが建てた寺だとは知りませんでした!
チラシには書いてあるのに……(ちゃんと読め)
で、いつ気づいたかと言うと、三門にやってくると木材で組まれた船があり、その写真を撮っていると、横から母が
「隠元禅師って書いてある」
と言うので、
「隠元ってあの隠元?」となったわけです。
ちなみにその船はこちらです。

舟の隣には、母曰く「木魚の元になった」木魚(木でできた魚)があります。

本当かはわかりません。
調べろよという話ですが、調べておりません!笑
ただ、木魚を見てみると、中央部分が禿げ上がっていて、木魚として叩かれたように思える痕跡が残っています。
三門をくぐると、広い境内が!

黄檗宗の総本山らしい萬福寺は、境内の広さも中国サイズで、歩きながらついつい口を衝いて出るのは「広いなあ、広いなあ」という稲川淳二顔負けの反復言葉ばかり。
そして天王殿に行くと、キンピカの「布袋尊」が!

紹介文で侮られているなどとは露知らず、柔和な満面の笑みを浮かべています。
そんな布袋尊の真裏には韋駄天がいました。

足、速いんでしょうか?
天王殿をぐるりと回ると、韋駄天のちょうど正面に「大雄寳殿(だいおうほうでん)」という建物があります。

中には観音様なのか何なのか、仏像がひっそりと鎮座します。

その両端に!!!
先程書いた、隠元禅師による明代の仏像配置と思われる
ずらりと並んだ仏像たちがいます。


正直、来るまではこんな大きなお寺だとは思っていませんでした。
僕も心のどこかで侮っていたのかもしれません……。すまない布袋さん。
ちなみに、萬福寺の全景はこんな感じです。

広っ!
寺というか、もはや城郭です。三の丸くらいまでなら作れそう……。
いただいた御朱印はもちろんキンピカの布袋尊様と!

この日は午前中に散髪をして、帰宅後昼食を摂って萬福寺へ。
その後は東寺の期間限定イベント「月回廊」に行く予定だったので、ついでに東寺の七福神御朱印ももらって、都七福神制覇といくつもりだったのですが、
東寺に到着したのは午後5時10分。
拝観時間は5時まで……「月回廊」は楽しみましたが、御朱印はもらえず。
七福神制覇は、来週に持ち越しです。。。



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